義歯の型取りと噛み合わせ
■印象
義歯をつくるには色々な工程があり、熱や圧をかける必要があるので、直接口の中でつくることはできません。まず模型をつくって、その上で義歯をつくります。そのために、口の中の型をとらなければなりません。型をとることを印象採得(いんしょうさいとく)といい、型をとる材料を印象材といいます。
辞書には、印象とは哲学的、心理学的あるいは美学上の用語としてとらえられています。近代絵画の印象主義――視覚的効果をそのままにとらえようとする技法、これが歯科で用いる印象という意味のものになっています。印象材を盛って口の中に入れる容器をトレーといいます。
十九世紀末から、多くの研究者がより良い印象材を探し求めてきました。昔は、口の温度より少し高い温度で軟らかくなり、温度が下がると硬くなるワックス類が用いられましたが、外す時に変形するのを避けられませんでした。
そこで二十世紀に入って、ゼラチンと寒天を素材にした印象材が開発されました。これがは凝固しても弾性体になるので、部分的に歯が残っていて凸凹の多い部分でも、比較的正確に印象をとることができます。第二次世界大戦中は寒天がなくなり、これに代わるものとして、弾性のあるアルギン酸印象材が開発されました。これらの材料は今日でも用いられていますが、その後、更に品質の優れた印象材が必要となり、1950年にはゴム状の製品(シリコンラバーやチオコールラバー)があらわれました。
アルギン酸は今日では粉末状となっていて、これに水を加えて練ります。パンを作る時の小麦粉のように練り、トレーに盛って口の中に入れます。しばらくすると固まりますので、トレーと共に口から取り出します。硬化しても弾性があるので、常に正確な形が記録できます。
一人一人の口の型に合ったトレーがないと正確な印象は取れません。そこで、まず既製のトレーで印象をとり、それでつくった石膏模型の上で、もう一度その人の口によく合ったトレー(個人トレー)を作って印象をとります。
義歯は口の中で機能します。すなわち、咬合力が加わります。自分の歯に力が加わっても痛みを感じませんが、義歯では痛みを感じることが多いのです。
義歯には床という、板のような土台がついていて、それが顎堤に乗っています。顎堤の下には骨があり、骨と床の間に粘膜という軟組織が介在しています。その厚さは部位あるいは人によって異なります。軟組織の薄いところや骨のとがったところなどでは、床に咬合力が加わると痛みを感じます。そのような部位には、印象をとるときに強い力が加わらないように工夫したり、模型の上で細工したりする必要があります。このように、印象と言っても、ただそのままの形を写し取るだけでなく、つくった義歯が機能するときのことを
考えておかなければなりません。
これまでアルギン酸を使った印象のことを述べましたが、更に精度の良い印象材としてゴム系のものがあります。これらの印象材は、種々の粘稠度のペーストがメタルチューブあるいはプラスチックチューブに入っていて、患者の局所的、機能的実情に応じて、適当な粘稠度のものを選択することができます。
■咬み合わせ
義歯をつくる第二のステップは、咬み合わせの位置を決めることです。この操作を咬合採得と言います。多くの歯が揃っている人では、歯を咬み合わせると上あごと下あごが一定の位置に来て、模型だけでも上下歯列の位置が分かります。
しかし、歯が少なくなってくると、模型の咬み合わせる位置が分からなくなります。このような場合は、後で述べるような特殊な方法によって正確な咬み合わせの位置を求めなければなりません。咬み合う歯が残り少なくなると、ときには患者が無理に残った歯で咬もうとして、間違った咬み合わせとなる心配があります。
治療椅子の上で次は何をされるのかと、緊張感と不安でいっぱいの患者に、常に正しい咬み合わせを求めようとしても無理です。まず不安を取り去って、患者が気楽に口を閉じたり開いたり出来なければなりません。口の中に歯が全くないか、あったとしても咬み合う相手がなければ、患者自身にも咬み合わせの位置がよくわからないのが普通です。
残った歯だけで正しい咬み合わせが分からない時は、咬合堤(こうごうてい)というものを使って咬合採得を行います。これにはまず、模型上に合った丈夫な樹脂系の板(レジン床)を作ります。失われた歯に相当する部分に、ワックスで顎堤をつくります。咬合採得でまず決めるのは、上下的な咬み合わせ(高さ)です。
咬み合わせが高すぎると、次のようなことが起こります。
・顔が上下に間延びした不自然な感じになる。
・咬んだとき義歯の下の粘膜が痛くなる。
・しゃべったり、食事をするとき歯がふれてカチカチと不快な音がする。
・咀嚼筋が伸びるため噛む力が弱くなる。
・顎の関節に違和感が生じる。
・口の中の義歯がかさばって、唇が閉じにくくなる。
一方、咬み合わせが低すぎると、次のようなことが起こります。
・鼻から下が短く、下顎が突き出た老人性の顔になる。
・咀嚼筋が短くなるため噛む力が弱くなる。
・発音が不明瞭になる。
・頬や舌を噛みやすくなる。
・耳が聞こえにくくなる。
・あごの関節に違和感が生じる。
このように、咬み合わせが高くても低くても障害が生じます。
しかし、歯科医師のみならず、患者にとっても高すぎるか低すぎるかが、正確には分かりにくいものなのです。
歯科医師は豊富な知識と正しい技術を使って、義歯に最も適した高さを求める